【渡辺のり子さん】自分がヒトのためにできることはなんだろうとずーっと考えていました。

「こころ書道教室」の風景。落ち着いた雰囲気が伝わってきます。

今回は、「こころ書道教室」を主宰し、筆跡診断士としてもご活躍されている渡辺のり子さんにお話を伺ってきました。

 

書道に筆跡学を取り入れ、なりたい自分に近づくための文字の書きかたを教えている渡辺さんが、どのように書道を習い始め、またどのように書道教室を開くことになったのか。

渡辺さんの働きかたを紐解いていきます。

 

・こころ書道教室HP
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子どもの頃は、書道を好きでやっていた訳ではなかったかもしれません。

墨汁の後を見ると生徒さんがたくさん字を書く練習が伝わってきます。

ーそれでは、現在の活動を教えていただいてもよろしいでしょうか?

 

渡辺のり子さん(以下、渡辺さん): 埼玉県春日部市で書道教室をしています。その傍らで、筆跡診断士という、日本ではちょっとまだ世の中に知られていない仕事もさせていただいています。

 

ー書道を始めるキッカケはなんだったんでしょうか?

 

渡辺さん: 子どもの頃から書道を習っていたというよりも、母の希望で習わされていたという感じでした。(笑)

女の子だし、字が下手だと大人になった時に恥をかくので、恥ずかしい思いをしないように習いなさいということですね。

 

ーお母さんの想いがあったのですね。

 

渡辺さん: そうですね、うちの母は字が下手な人だったんですね。なので、学校の集まりだとかPTAに出たときに自分が字を書けなくて恥ずかしい思いをしてきたようです。

 

字を書くことにコンプレックスを持っていたようで、娘の私には同じような思いをしてほしくなかったようです。母の想いというか、願いで書道を習い始めたのがキッカケですね。

もしかしたら好きでやっていた訳ではなかったかもしれないですね。

 

ー実際に、書道教室に通ってみていかがでしたか?

 

渡辺さん: そうですね、昔だったので書道の先生は礼儀にも厳しく、書道の指導もビシビシと厳しかったですね。私は、ぼーっとした子どもだったので、よく怒られていました。

 

ー書道はずっと続けていらっしゃったんですか?

 

渡辺さん: そうですね。中学生までは学生の部で書道の勉強をして、高校生に上がったときには一般の部といって大人の書道の世界に入りました。20歳になったときに先生のお免状をいただきました。

 

ーその頃から、将来は書道教室を開こうと考えていらっしゃったんですか?

 

渡辺さん: いえ、まったくなかったです。私はOLになりたくて仕方がなかったんですよね。一般の企業に働きに行ってました。

 

ーそうだったんですね。お仕事を始めてからは一旦書道の世界から離れていたということですか?

 

渡辺さん: 離れていました。師範の免状をいただいてからは、一度お稽古を中止していましたね。事務関係のお仕事が好きだったんですが、けっこう忙しかったということもありますね。

 

ー事務関係のお仕事はどのようなところが好きでしたか?

 

渡辺さん: まあ、特に何ができるという特技もなかったので。そうですね、敢えて言えばそろばんができたからでしょうか。当時は、まだそろばんが現役で、事務所で社員がみんなそろばんを弾いて、手書きの帳面を書いていたという時代でしたので、そういう職場に憧れてですね。

 

ー事務のお仕事をされていて、書道の世界から離れている期間が続いていたんですね。では、書道の世界に戻ることになったキッカケはなんだったのでしょうか?

 

渡辺さん: 仕事を始めてしばらくしたら、結婚して子どもができたんですね。その子どもが幼稚園の年中さんになった頃に、子どものお友達のお母さんたちの間で「そろそろ子どもたちに字を習わせたいんだよね」という話が出たんです。

その中の一人のお母さんに「渡辺さん資格を持っているんだったら、うちの子にも字を教えてくれない?」と言われたのが、キッカケでした。

 

書道教室をするというよりは、子どもや子どものお友達にちょっと字を教えてあげるぐらいに気軽にやっていました。最初は、自宅でお茶を飲みながら子どもたちに字を教えていましたね。

 

その後、マンションの集会所が空いていたので、そちらを貸してくれるよという話が来たので、本格的に書道を教え始めました。

そうしたら、マンションの子どもたちがあっという間に習いに来たので、一気に増えてしまいましたね。

 

ー皆さんの期待にお応えしているうちに書道教室を開くことになったんですね。

 

渡辺さん: はい、そうですね。身内とか子どものお友達を気軽に教える感覚で始めました。

 

ー現在の書道教室の前身がこの時に始まったんですね。

 

渡辺さん: 私は元々大阪出身なんですけど、大阪でその教室を開いていたんですね。気軽に始めた書道教室だったんですが、生徒が増えてきたので、結局8年ぐらいでしょうか。大阪の集会所で書道教室を続けていました。

その後、家庭の事情で書道教室を閉鎖して、大阪から埼玉に引っ越してきました。

 

埼玉に来てからも、もう一度書道教室を開こうとは思っていなかったので、一般の企業に事務員としてお仕事をすることにしました。

なので、また書道をそこで辞めてしまったんですね。

 

ーそちらの企業ではどんなことをされていたんですか?

 

渡辺さん: 小さな個人運営の紙箱メーカーさんでお仕事をさせていただいていたんですね。事務員も二人で切り盛りしているような小さな職場だったので、とても楽しくお仕事をしていました。

経理もやり、受注・発注もやり、在庫管理もやりといったように、すべてをやらなくてはいけなかったので、とても大変だったんです。ただ、会社の運営を全部見ることができる位置にいたので、とても楽しいお仕事をさせていただいていました。

 

ー会社の仕組みが全部わかる立ち位置にいらっしゃったんですね。

 

渡辺さん: 会社の運営がすべて見られたので、とてもやりがいがありましたね。

私がヒトのためにできることはなんだろうと考え始めました。

壁際に置かれている屏風が雰囲気を一層盛り立てます。

ーでは、筆跡診断士の資格を取った経緯を伺ってもよろしいでしょうか?

 

渡辺さん: はい。埼玉に引っ越して来て1年後ぐらいなんですけど、あるご縁があって日光にあるお寺で得度を受けて僧侶になったんですね。夫婦でお坊さんになりました。私は尼僧になったわけです。

仕事の傍らで、休みの日にはお寺に行ってお坊さんになる勉強をしていました。その中で、主人はどんどん勉強を進めていって、人様の相談事を聴いたりですとか、色々とアドバイスをして差し上げたりですとか、僧侶としての活動をどんどんと進めていったんです。

 

ただ、一緒について行ってる私はなにもすることがない。来られたお客様にお茶を入れるぐらいしかなにもできなかったんです。その中で、色々と考えました。自分にはなにができるんだろう、私が人のためにできることはなんなんだろう、なにもないな、ということを考え始めるようになったんですね。

お仕事はもちろん面白かったけれども、自分が人のためにできることはなんだろう、私が喜んでもらえることはなんだろうと、それからずーっと考えるようになったんですね。

 

最初はそれが見つからなくて、主人がお寺で相談事を受けているので、私は占い師にでもなろうかなと思って、占いの勉強もするようになったりして。でも、やっぱりこれは違うなと、これがやりたかったことではないなということで、少し迷っていたんです。

そんな時に、ある日、主人との待ち合わせで駅で10分くらい時間が余ったんですね。時間つぶしに駅前の本屋さんに立ち読みに寄って、ぷらっと本棚を眺めていた時に目に飛び込んできたのが筆跡関係の本だったんです。

パッと手にとってなんだろうと読んだ瞬間にこれだなと。もう本当にビビビッ来るのはこういうことなんだなと。直感で、あっこれだな、これならできる、私にできるのはこれだという風に思いました。

 

そこから、すぐに筆跡診断の勉強を始めて、1年ほどかかって筆跡診断士として活動するようになりました。

 

ーご主人との待ち合わせの時間がなければ、もしかしたら現在の渡辺さんではなかったかもしれなかったんですね。

 

渡辺さん: そうですね、筆跡診断の本に出逢うこともなかったかもしれないですね。これがまた、面白い分野で、筆跡診断を勉強をしたので、やっぱり書道がどれだけ自分の人生にとって大切だったかということを感じたので、筆跡診断士として活動するのであれば、書道をまた再開しようかなと思ったわけなんです。

 

ー筆跡診断と書道がつながったんですね。

 

渡辺さん: そうなんです!一度は書道を辞めたんですけど、まあやっぱりここは戻るべき場所だったのかなと。

 

ー筆跡診断士の資格を取られてから、また書道教室も始められたんですか?

 

渡辺さん: そうですね、資格を取って1年ぐらいかけて、教室を開設できるように準備を始めました。お勤めしていた会社を退職しまして、「つろぎ書庵」という名前で書道教室を始めました。

 

ー「つろぎ書庵」という名前の由来を教えていただけますか?

 

渡辺さん: はい、ちょっと分かりにくい名前になってしまったんですけど、「つろぎ」というのはくつろぎから苦痛の「く」を取ったら「つろぎ」。そして、書道を教える場所ので「書」。私が僧侶だったので、僧侶の住まいを「庵」と言いますので、それらをくっつけて「つろぎ書庵」と名付けました。

本気の志を持ったときは、うまくいくようにできているのかな。

これからも書道と筆跡学を掛け合わせた渡辺さんの活動が楽しみです。

ー書道教室を開設されてからは書道と筆跡診断で生活をされていたんですか?

 

渡辺さん: 教室の場所を借りて、筆跡診断をやりながら書道教室をしていたんですけど、ホームページを立ち上げてすぐに生徒さんがたくさんいらっしゃる訳でもないですし、看板を立てたからといって生徒が集まる訳でもないので、ちょっと家賃を払うのが苦しいなという時期もあったので、お仕事をして家賃分を稼がないといけないと考えてお仕事を探しました。

 

ーどのようなお仕事を探していらっしゃったんですか?

 

渡辺さん: とりあえず、まず最初はスーパーのレジでもしようかと思っていたんですけれども、元々事務の仕事を好きでやっていたので、薬局関係の会社の事務仕事を午前中だけさせてくださいと飛び込みました。午後からは教室があるので働けないんですと、面接を受けにいきました。

そこの会社の社長さんが、なかなか面白い方でした。発想力の豊かな、頭の回転の素晴らしい方でして、午後からは教室があるので働けないという事情を説明すると、「筆跡診断って何をやっているの?」という質問をいただきました。

書かれた文字からその人の性格や行動の傾向がわかるんだとお話ししましたら、「それ面白いね」と。

その場にいたスタッフの方の筆跡を持ってこられて「これはどうだ」と、面接ではなくて筆跡診断をやることになったんです。それが見事に当たっていたようで。

事務ではなくて、筆跡診断士として雇うと言っていただいた訳なんです。

ここの会社で、事務員としてではなく、人事関係を筆跡診断士としてお仕事をさせていただくことになりました。

 

ー良い展開になったんですね。具体的にはどのようなお仕事だったんですか?

 

渡辺さん: 主には面接に来られた方の手書き文字を見せていただいて、その方がどういう性格なのか、どういう行動傾向があるのか、面接での受け答えを見ていて、書かれた文字とおっしゃっている内容が合っているのかを見ていました。

 

ーすごいですね、いきなり筆跡診断士として活かせる場所が見つかったんですね。

 

渡辺さん: そうなんです。まさかそんなことになるとは思わなかったです。ここで筆跡診断士として3年ぐらい働かせていただいたんですけれども、かなり経験を積ませていただきました。筆跡診断士としてのデータもたくさん得ることができて、大変勉強になりました。

私にとっては奇跡のような流れでした。とにかく教室の家賃のためなら、どんな仕事でも良いと正直思っていたし、事務の仕事なら問題なくできると選んだところ、社長から筆跡診断士として仕事をしてくれというのは、本当に奇跡のような流れでした。

筆跡診断士としての実績をかなり積ませていただいて、薬局関係の会社だったので薬剤師さんの筆跡の数がたくさんデータとして残りました。それを研究して、薬剤師さんの主たる筆跡ということで研究発表を診断士協会の方でしたところ、これはなかなか面白いということで会長から評価をいただくことができました。そういう実績にもつながるありがたい仕事に、思わないところですごくありがたいお仕事をいただくことができました。

 

ーちなみに、企業の中で筆跡診断をされている方は多いのですか?

 

渡辺さん: 日本では普及していない分野なので、ヨーロッパでは弁護士と同じ立ち位置で筆跡診断士が各企業にいるのが普通になっているんですけれども、日本ではまだそれほど普及していないので、筆跡診断士の仲間の中でも先駆け的な部分も合ったかなと思います。

 

ー周りの方の励みにもなりますよね。

 

渡辺さん: そうですね、こういう仕事を実際にできるんだということが仲間にも広がっていたのかなと思います。

本当に不思議な偶然のつながりですよね。僧侶になって、なんかできることはないかと探し始めたところに、ポンと飛び込んできたのが筆跡診断士のほんで、まさに迷っていた私にポンと宿題を投げてくれたような、これをやりなよと出してくれたような、そんな感じで筆跡診断を受け取りました。

これを生涯の仕事にしよう、一生かけてこの仕事に尽くそうと自分の中で志を立てたので、本気でこの仕事をやるんだと、何が何でも死ぬまでこれを自分の生涯の仕事にするんだと、本気の志を持った時はうまくいく流れができるのかな、そういう風になっているのかなと感じさせていただきました。

 

ー本当に素敵な経験ですよね。

 

渡辺さん: はい、私も自分でもびっくりな経験でした。自分の教室を埼玉県の春日部市に開設していたんですけれども、埼玉県の別の地域で子供にそろばんと書道を教えるカルチャースクールがあるんですけれど、そこでも書道の講師としてお仕事を週に2回しています。

 

カルチャースクールは規模も大きいので60人ぐらいのたくさんの子供たちに教えるということができたので、とても勉強になりました。

書道教室は私一人で見てるので、一回の授業は定員6人と決めています。それ以上人数が増えると手厚く見ることができないので、定員を決めてやっています。なので、我が子のように見てあげることができています。

カルチャースクールは、人数が多いので学校のような雰囲気で手厚くはいかないんですけれども、その中でも子供たちとの壁を少しでも取り外して、どうやって信頼関係を築いたら良いのかとかを考えたり、経験したり、勉強したりしています。

 

ー書道教室のお名前が「こころ書道教室」に変わったのはどういった経緯があるのでしょうか?

 

渡辺さん: 平成30年の2月に「こころ書道教室」に改定したのですが、「つろぎ書庵」だとなんだかわからないと友達から直接手厳しい指導が入りました。(笑)

「何をやっているところかわからない」というお話をいただきまして、書道教室とわかるようにするのが良いだろうということになりました。

筆跡心理を大事に扱っていますので、「こころ」という言葉をつけて、誰が見てもわかるように「書道教室」という名前をつけることにしました。

 

ー現在は、そんな「こころ書道教室」とカルチャースクールの二本柱で活動されているんですね。筆跡診断と書道を組み合わせた渡辺のり子さんの活動にますます興味を持ちました。

どうもありがとうございました。

 

渡辺のり子さんが主宰している「こころ書道教室」はこちらからご覧ください。

こころ書道教室HP
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「ヒトの働きかた図鑑ラジオ」

その1 渡辺のり子さんが書道教室を開いたキッカケとは?

その2 私がヒトに喜んでもらえることはなんだろう?

その3 本気の志を持ったときは、うまくいくようにできてるのかな。

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